あの子を探して
チャン・イーモウ監督最新作
1999 ヴェネチア映画祭 金獅子賞(グランプリ)受賞
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監督来日
監督来日

<舞台挨拶>

4月11日東京・有楽町マリオン朝日ホールにて



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舞台挨拶
(160x120 4:03sec. / 13.6MB)

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<記者会見内容>


2000年4月12日午後1時30分
東京・渋谷Bunkamuraオーチャード・ホール ビュッフェにて


監督: 本日はおいで頂いてありがとうございます。
いろいろ質問してください。

質問:

けなげな山間部の少女を描くことで都市部の抱える問題を間接的に批判したのでしょうか?
監督: 記者会見 私はこの映画を撮るに当たってそんなにいろいろ複雑なことを考えて撮ったわけではありません。84年に「黄色い大地」を撮ったときに、非常に貧しい地域の小学校を見ることがありまして、その時その子どもたちの姿に感動しまして、その後、全国の農村地域に行きましたところ、悪条件の中で勉強している子どもたちの姿が、普通に見られました。私はそれを見るたびに心が動かされました。もちろん大都会の子どもたちが勉強している姿を見ても、そんな感動はありません。農村の子どもたちは学校がものすごく遠いため、太陽が昇る前の真っ暗なうちから家を出て学校にいくのです。そんな姿をよく見かけました。
今の中国の都会では商業主義がはびこっておりまして、人々が忘れがちになっているのは「素朴な人間の愛」ではないかと思います。また、中国には三億の文盲が存在します。これは中国が抱える非常に重要な問題です。中国国民の文化程度・教養を高めることはなにも都会の近代化で達成されるものではなく、国民全体の文化程度を高めることではないかと思います。以上二つの目的でこの作品を撮りました。

質問:

一般の人々が金儲けしか考えていないのに、TV局の局長が善人のように描かれていたのですが、これはそうした人々に対する期待を表現しているのでしょうか?
監督: 特に誰かを善人・悪人に描こうと思ったわけではありません。今の中国では当たり前のように起こるであろう出来事を描いたつもりです。中国ではまだなかなか法律・法治が徹底されていない、非常に不完全なものですから、人々は何か解決してもらいたい問題がありますと、TV局に訴えます。TV局にはそういった人探しだとか、訴訟問題を扱う番組が多数あります。TV局に勤める友人によると、毎日のようにそうした問題を抱える人々がTV局に行列しているそうです。

質問:

この映画は、まるで中国の古典である易経の世界観を表現しているようですが、監督は易経は読まれたことがあるのでしょうか?
監督: 易経に関しては読んだことはありますが、深く研究したことはありません。ただ中国には良いことと悪いことは常に互い違いに起こる、「人生万事塞翁が馬」といった考えは普通に見られます。

質問:

今回は全員素人ということで、プロの俳優を使うのと演出の違いはありましたか。また大人と子どもの演出の違いはありましたか?
監督: 記者会見子どもに芝居をさせるのは大変でした。
今回、この映画の主要なキャストは何万人の中から選んだ非常に頭の良い子どもたちです。しかし、映画の中で演じる、みんなの前で自分を表現するということはとっても大変なことです。実際、撮影は困難を極めました。特に彼らをリラックスさせて普段と同じような振るまいをさせることは非常に大変でした。私たちはこの映画のストーリーと全く同じ順序で撮影を行ないました。第一日目に起こったことは撮影初日にとり、一日一日順を追って撮影していきました。誰も明日、何を撮るかを知らされず、誰にも脚本を見せませんでした。TVの演技などの真似を恐れたからです。撮影当日になって、今日は何を撮るのかということを説明しました。
どのシーンも20回ぐらいテイクをしましたが、一番テイクが多かったのはTV局の受けつけのおばさんと喧嘩するシーンですが、これは70数回撮り直ししました。また、1回しか撮れないシーンもありましたが、これはTV局でミンジがインタビューを受けるシーン、子どもたちが泣くシーン、子どもたちがコーラを飲むシーン、そして最後のTV局の車の中で子どもたちがインタビューを受けるシーンです。
子どもたちとのエピソードは言い出すときりが無いぐらいたくさんありますが、今回は私にとって良い経験になりました。撮影が終わって自分の心が清められたような気がします。
今後、どういう俳優と仕事をすることになっても役立つものと思います。

質問:

この作品に限らず監督として映画を撮る上で一番気をつけていることはなんですか?
監督: 俳優の演技ですね。初期の頃の私の作品は、カメラマン出身ということで映像や色彩に気を配っていましたが、だんだんと俳優の演技に凄く気を配るようになりました。とにかく準備すること。早くスタンバイすることで、子どもたちが演技するまで待たせない。そういうことに気を配りました。それから、今回、教室内はなるべく自然なままで撮りたいため、ライトは入れず、窓の外から照明を当てたりしました。また、子どもたちは自由に動きますから、それに合わせてカメラを動かす必要があるため、カメラの焦点は常に一点に絞らずにおくようカメラにも気を配りました。とにかく、子どもたちに自然な状態で演技させることが目的でした。

質問:

日本では素人が映画に出演するとその後、芸能人・俳優になるといったことはよくありますが,本作品の出演者たちはその後、普通の生活に戻ったのでしょうか?それとも俳優としてやっていく人もいるのでしょうか?
監督: 記者会見私も非常に気にしていた問題です。撮影中も子どもたちに折に触れて話をしました。子どもたちの将来に影響があってはいけないことですから。特に主役のウェイ・ミンジですね。
まあその時は問題がなかったのですが、この映画が公開されてから、大勢のマスコミが押しかけ、彼女の特集番組を作ったり、娯楽番組に出演させたりして、スターにならないかといったことを言って、彼女を混乱させ、一時は彼女もスターになりたいと言い出したりしました。その点を私は心配していました。彼女は以前、先生になりたいという希望を持っていまして、私は彼女に元の自分の夢を達成しなさいと言い、女優には向いていないことを教えました。今回のマスコミのやり方に反感を持ちまして、2、3ヶ月の間、新聞紙上で私はマスコミと喧嘩をしました。彼らは私が子どもの将来を干渉していると非難しました。私は凄く怒りました。私は映画監督であり、その子が職業俳優に向いているかどうかの素質は見ぬけます。私は彼女に職業俳優の素質はないと言いました。私は子どもの将来を傷つけることを恐れたからです。彼女は今、授業料免除で受け入れてくれる学校に行き、クラスで一番の成績だそうです。私は大学に受かるように励ましています。ホエクーの方は勉強はだめですけど・・(笑い)。

質問:

舞台となった村はテレビがあるという設定だったのですか?どの程度の人口の村という設定だったのでしょうか?
監督: 舞台となった水泉村は後ろに大きな山がありましてテレビの電波が届きません。村にはテレビは2台ありますが、それは飾りで置いているだけで見られないものです。人口は5〜600人の村といった設定です。

質問:

ミンジがテレビのインタビューに答えるシーンで、テレビというマスメディアに批評的なものを感じましたが、その点をお答え下さい。
監督: 記者会見私たちは、彼女には撮影の時以外は、一切街には出しませんでした。都会に対する恐怖心みたいなものを残したいと思いました。テレビ局での撮影の時も、いきなりスタジオに連れていき、カメラの前に座らせて撮影しました。まあ、そこで司会者から非常に観念的な答えようがないような質問をされるわけですね。私はミンジにいろいろ質問されるけど、必ず一生懸命に答えるように言ったのですが、彼女は答えられない。これは中国の観客が見て非常に面白かったものだったと思います。テレビ局のある一面を風刺しているシーンになったと思います。ただ彼女にとって、あの時点ではテレビ、マスメディアといったものに対して何の考えもない、わからない状態だったと思います。
それから彼女が泣くシーンですが、ミンジはホエクーのことを思って泣いていた訳ではないのです。実生活では、しょっちゅう喧嘩ばかりしていまして、実際ホエクーの方が一歳年上でして、彼女のことを絶対に先生とは呼ばないし、いつも虐めてバカにしていました。だから泣くはずがないんです。でもあのシーンでは泣いてもらわなければならない。私は彼女の耳元でそっとお父さんやお母さん、家族のことを囁きました。本当に彼女の家は非常に貧しいんです。

質問:

最後に村長がテレビのインタビューに緊張して真面目に受け答えしていましたが、それは村では威張っていた彼のマスメディアに対する反応として描かれていたのですか?
監督: 彼が農村の人だから緊張していた訳ではありません。今でも都会の人でもカメラの前では緊張します。私も実際、今落ち着いているように見えますが緊張しています。村長もなれないカメラの前で緊張していました。私が村長に言ったのは、とにかくカメラは見るな、カメラ目線はするなということだけでした。




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