あの子を探して
チャン・イーモウ監督最新作
1999 ヴェネチア映画祭 金獅子賞(グランプリ)受賞
解説
スタッフ
撮影裏話
予告編
監督来日
スタッフ

監督:チャン・イーモウ(張芸謀)

チャン・イーモウ 1950年、西安生まれ。66年に起こった文化大革命にともなって68年に下放され、最初の3年間は陝西省の農場で、71年から78年にかけては紡績工場で労働についた。幼いころから芸術や写真に興味を抱いていた彼は、自分の作品が出版される機会がほとんどないにも拘わらず、趣味としてスチール写真を撮り続けた。
 文革が終わり、78年に北京電影学院が行った試験を受けたイーモウは高得点を取って合格。しかし、当時27歳だった彼は、年齢制限を5歳も上回ることを理由に入学を拒否された。2度も北京を訪れたがこの決定は覆されず、思い余ったイーモウは文化庁の長官に直接手紙を書き、文革のために10年を無駄にしたと訴えた。そして2カ月後、電影学院撮影学科への入学が許可された。
 82年に卒業した彼は、広西映画製作所に配属された。85年には西安映画製作所に転属し、カメラマンとしてチャン・チュンチャオ(張軍★=金へんにりっとう=)監督の「一人と八人」(82)、チェン・カイコー(陳凱歌)監督の「黄色い大地」(83)と「大閲兵」(85)に携わった。
 監督デビュー作は88年の「紅いコーリャン」。カラフルな色彩で男女の愛と逞しい庶民の心情を力強く、娯楽性豊かに描「たこの作品は、89年のベルリン映画祭で金熊賞(グランプリ)を受賞。この映画のためにスカウトしたコン・リー(鞏俐)とはこの後もコラボレーションを続け、数々の話題作を生み出すことになる。
 90年には「菊豆」で米アカデミー賞にノミネート。「紅夢」(91)で再びノミネートされるとともにベネツィア映画祭銀獅子賞を受賞。続く「秋菊の物語」(92)で同映画祭金獅子賞を、「活きる」(94)でカンヌ映画祭主演男優賞と国際映画批評家連盟賞を受賞し、世界で新作が待たれる作家の一人になった。その後、「上海ルージュ」(95)をカンヌ映画祭に、「KeepCool(未公開)」(96)をベネツィア映画祭に出品。本作で2度目のベネツィアグランプリという快挙を成し遂げた。
 また、97年にはイタリア、フィレンツェでズービン・メータの指揮によりプッチーニのオペラ『トゥーランドット』を演出。98年には再びメータと協力して同作品を北京の紫禁城で再演した。





1999(c) Sony Pictures Entertainment(Japan) Inc. All rights reserved.