「この映画は今ここに生きている人たちの話でなければならないと、私はすぐに気づきました。大きなスクリーンのための題材、つまり感情がこもっていて、正直で説得力があり、リアリティーと現在起こっていることに深く基づいた映画であるべきだとね」とマリア・フォン・ヘランド監督は語る。『ビタースウィート』は、ティーンエイジャーの少女たちの“真実"の話になるはずだった。
 このことについて監督は、すぐにふたりのプロデューサー、アンドレア・ウィルソン(ドイツ・コロンビア・ピクチャーズ・フィルムプロダクション)とジュディ・トッセル(エゴリ・トッセル・フィルム)と合意した。

 現代の16〜17歳の少女たちがどう生きているか。どのように世界を見て、どう考え、感じているかを理解するため、監督は映画の登場人物と近い年齢層の若者に数か月にわたってインタビューを行った。ベルリンのあらゆる地域から数百名のティーンエイジャーに連絡を取り、その中から25人を慎重に選んだ。断られることはなかったので、すべてのインタビューの過程を収録できた。
「インタビューは一般的な質問から始めたのですが、彼女たちが非常に早い時点で心を許してくれたことにとても驚きました。まるで彼女たちは話を聞いてくれる相手を必要としていたかのようでした。個々のインタビューは約1時間を予定していましたが、ほとんどが4〜5時間の長さになってしまいました。あるケースでは、1回のインタビュー時間では足りず、日を改めたほどです」
 彼女たちの話題の共通点は、アイデンティティーの模索、セックス、両親、学校、未来……などだった。
「私が出会った少女たちは、なぜ自分が存在しているのか、自分はどんな人間なのかを理解できる一方で、とても子供っぽい面を持っていました。知識はあるのに、状況を変えるのは難しいと思い込んでもいました。人生についての過剰な情報や、直面している状況に対抗するのに、彼女たちが持っているものは子供のときに学んだことだけ。今はぬいぐるみとコンドームの時代なんです」
 ほとんどのインタビューで、少女たちが自分の世界の意味を見つけ、コントロールしたがっていることを発見した監督は、これを題材に組み込むことにした。

「主人公たちは、お互いから離れ、自分自身で問題の解決法を見つけようと、できるかぎりの努力をします」
 この映画が自分たちの問題と向き合う、責任ある強い少女たちについての物語になることは、はっきりしていた。監督はまた「強い人間でいることが、どれだけ難しいかについても描きたいと思っていた」と言う。
「時に、問題には何の解決策もないんです! 答えがなくても、未来は必ずくる。大勢のティーンエイジャーは絶望的に見える状況に初めて直面して、さらに大人の経験に頼れない、または頼りたくないとき、それでも未来があるということには考えが及ばないのです」
 監督は若者との会話の中で、16〜17歳の少女たちにとっていちばん大切なものは、彼女たちの親でもBFでもなく、親友だということに気がついた。このコンセプトをもとに、監督は親友同士のカティとステフィを取り巻く話と、彼女たちが大人になるための葛藤、美しくも困難な時間、という要素を組み立てていった。
フォン・ヘランド監督は、2000年2月から『ビタースウィート』の脚本を書き始めた。
  「たまに、ティーンエイジャーたちに、彼らの話を脚本に使っていいかと聞いてみました。ですが、脚本の大半はまったくのフィクションです。私はこの映画に現実を反映させ、キャラクターに命を吹き込むために、インタビューで得たエッセンスを注ぎこんだまでです。映画を創るとき、私は自分がいいフィルターになることしか望みません。映画に描かれるすべてのものは、私を通した“現実のもうひとつのバージョン”なのです」