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久しぶりに力のこもった骨太の映画を見ているな、と思った。このリアルな緊張感と透き通ったような映像の空気感が最後まで持続してくれたらいいなと祈るような気持で見ていたが、裏切られることはなかった。 テーマもモチーフもストーリーも娯楽映画からはかなり遠いところにある。けれどこの映画が最後まで硬質で魅力的な光彩を放ちながら見るものを引きつけて離さないのは、この映画の本質的な底力にあると思った。たとえばそのひとつはこの映画の 末とその背景が紛れもない事実であるということ。今現在の中国とその周辺を取り巻くさまざまな問題が常にこの映画のまわりに絡んでいること――である。 中国とチベットとの関係についてはここで改めて語らなくても多くの人はわかっていると思うが、私がこの映画に感銘を受けたのは実にそのことがまず大きかった。長い歴史をもって内包するデリケートな民族問題を背景にしながら中国の映画が今はここまで描くようになったのか、という驚きと賞賛である。 物語は中国の都会に住む記者が、この映画の舞台になった美しい辺境地域での密猟の実態を取材しに行くという、映画作りでは比較的常套的な展開となっているが、その中国人記者の見る目と私たち観客が見る目とがかなりわかりやすい同一の視座となっているので、この物語の奥にあるいくつかの問題点をかなりストレートにとらえられる。 中国語とチベット語が話す相手によってきちんと使い分けられているということを、試写会で同席したチベットの研究者やチベットの人々からあとで聞き、私たち日本人もそのことが理解できたらもっと深くこの世界を理解することができたのだろうなと、もどかしく思った。中国の映画であり中国人の手によるものでありながら、チベット族の血のたぎりや焦燥感やチベット族特有の死生感などをきちんと描いているのにも感心した。 主人公のパトロール隊のリーダーがやむを得ない事情によって密猟者たちを解放し、しかし厳しい荒野を歩いて運まかせで生還させようとするとき、「仏のご加護を」とつぶやくところなど、民族の心の深みを見事にとらえているように思った。 こうした民族の心根をさりげなく描く術は随所に見られ、例えば中国人の記者がウサギの肉を生で食べるのをためらうときにチベット族のパトロール隊が皆で笑う。けれどそれは嘲笑ではなく、むしろ暖かいまなざしで笑っているのもよく伝わってくるし、肉を食べるときに刃物を外側に向けて切るのではなく内側に向けて切るのだと語るところにも、この映画作者の持っている優しく鋭い目を強く感じた。さらに最後の方で思いがけない殺しの展開があり、マーという密猟者が喋るセリフがあまりにも憎々しくやるせなくリアルである。そういうことの細部のひとつひとつにこの映画の鋭さがきわだっていた。 プロダクションノートにも書かれているように、このすさまじく美しい映画の舞台となった場所は、美しいけれども過酷な自然がむき出しになっている。高度障害によってその美しさが天国の風景に見えるようだという話がよくあるが、私もチベットに何度か足を踏み入れてそれに近いものを感じた。その美しい風景の中の人間たちの、所詮は金と利益をめぐる生と死の葛藤が容赦なく描写され、映画のもっている本質的な力を改めて知り、身震いするような気分になった。 これまでチベットを描くテレビドキュメンタリーなどが数多く紹介されているが、そんな一過性の、往々にして表面的かつ恣意的な部分が目立つドキュメンタリーなどよりも遥かに鋭く正確にチベットや中国の現実をとらえているのだなと感じた。 |
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